報 告 書 概 要
学生番号 991−361022−0
氏 名 新里 徹
所属専攻 発達と教育
現代の自閉症に関する治療・教育技法の比較検討
1943年のカナーによる小児自閉症の報告以来、自閉症については様々な理論や実践が現れては消えてきた。そして現在も様々な療法が存在し、それぞれが自らの有効性を主張している。
自閉症を取りまく社会的な状況の不充分さもあり、日々自閉症児に接している学校、保育所、知的障害児施設、母子通園センター等でも混乱気味である。
この論文では現在日本において実際に行われている治療・教育技法をとりあげ、それぞれの療法を比較検討することによって、自閉症に対するアプローチのの現状を概観し、将来を展望したい。
目次
第1章 序
第2章 治療・教育技法の概要
1.TEACCHプログラム
2.認知発達治療
3.関係障害臨床
4.応用行動分析
5.受容的交流療法
第3章 比較検討
1.原因論
2.目標
3.アセスメント
4.方法
第4章 まとめ
第1章 序
1943年のカナーの報告以来、自閉症の理論や治療・教育は様々に変遷してきた。カナー自身は自閉症の特徴として、「社会的孤立」、「同一性の保持」、「言語の異常」をあげているが、これは現在のICD-10(世界保健機構,1992)やDSM-W(アメリカ精神医学会,1996)にも引き継がれている考え方である(表1-1、表1-2)。
表1-1.DSM−Wにおける自閉症(自閉牲障害)の診断基準
A.(1),(2),(3)から合計6つ(またはそれ以上),うち少なくとも(1)から2つ,(2)と〈3)から1つずつの項目を含む。
(1)対人的相互反応における質的な障害で以下の少なくとも2つによ って明らかになる:
(a)目と目で見つめ合う,顔の表情,体の姿勢,身振りなど,対人 的相互反応を調節する多彩な非言語性行動の使用の著明な障害。
(b)発達の水準に相応した仲間関係をっくることの失敗。
(c)楽しみ,興味,成し遂げたものを他人と共有すること(例:興 味のあるものを見せる,もって来る,指さす)を自発的に求め ることの欠如。
(d)対人的または情緒的相互性の欠如。
(2)以下のうち少なくとも1つによって示される意志伝達の質的な障 害:
(a)話し言葉の発達の遅れまたは完全な欠如(身振りや物まねのよ うな代わりの意志伝達の仕方により補おうという努力を伴わな い)。
(b)十分会話のある者では,他人と会話を開始し継続する能力の著 明な障害。
(c)常同的で反復的な言語の使用または独特な言語。
(d)発達水準に相応した,変化に富んだ自発的なごっこ遊びや社会 性を持った物まね遊びの欠如。
(3)行動,興味および活動の限定され,反復的で常同的な様式で,以 下の少なくとも1つによって明らかになる:
(a)強度または対象において異常なはど,常同的で限定された型の,1
つまたはいくつかの興味だけに熱中すること。
(b)特定の,機能的でない習慣や儀式にかたくなにこだわるのが明 らかである。
(c)常同的で反復的な街奇的運動(例えば,手や指をばたばたさせ たりねじ曲げる,または複雑な全身の動き)。
(d)物体の一部に持続的に熱中する。
B.3歳以前に始まる,以下の領域の少なくとも1つにおける機能の遅れ または異常:(1)対人的相互作用,(2)対人的意志伝達に用いられる 言語,または(3)象徴的または想像的遊び。
C.この障害はレット障害または小児期崩壊性障害ではうまく説明され ない。 |
表1-2.ICD-10における自閉症の診断基準
A.3歳以前から現れる発達の異常または障害の存在
通常は明らかな正常発達の前駆期はないが、あったとしても、正常発達期は3歳を越えない。3歳以前の機能の遅滞および/または障害は(たとえその時点で気づかれようと気づかれまいと)、次の領域のうちの少なくとも1領域に認められることを要す。
(1)社会的コミュニケーションに使われる受容性言語および/または表 出性言語
(2)選択的な社会的愛着の発達および/または相互的社会関係の発達
(3)機能的遊びおよび/または象徴的遊び
B.社会的相互関係における質的な障害(診断には5項目のうち、少なくとも3項)
(1)社会的相互関係を調整するために視線・表情・姿勢・身振りなどを、 適切に用いることができないこと
(2)(豊富な機会があるにもかかわらず、精神年齢に相応して、)興味 ・活動・情緒を相互に分かち合う友人関係を十分に発展させることが できないこと
(3)ストレスや苦悩に直面したとき、快感や情愛を得るために他者を探 したり求めたりすることが稀であること、および/または他者が苦悩 や不幸感を示すとき、慰めや情愛を与えないこと
(4)他者の幸せについてその人の身になって喜びを分かち合うことがで きず、および/または他者と一緒になり、共通の喜びを自発的に表せ ないこと
(5)他者の示す情緒への異常あるいは偏侍した反応で示されるような、 社会的情緒的相互関係の欠如、および/または社会的状況に応じた 行動の調整の欠如、および/または社会的・情緒的なコミュニケー ション行動における統合性の弱さ
C.コミュニケーションにおける質的障害(診断には5項目のうち、少なくとも2項)
(1)話し言葉の発達遅滞または全般的欠如。
それは,コミュニケーションの代替的な方法としての、身振りやパン トマイムを使って補おうとする試みをも伴わない〈哺語によるコミュ ニケーションの欠如が先行していることが多い)
(2)他者とのコミュニケーションに対する相互的な反応として、会話に よるやりとりを開始したり継続したりしていくことが相対的にでき ない(いかなるレベルの言語能力が存在していても)
(3)常同的反復的な言葉の使用および/または特有な単語や文節の言い まわし
(4)会話のピッチ・強さ・速度・リズム・抑揚における異常
(5)様々な自発的なごっこ遊び、または(若年であれば)社会的模倣遊 びの欠如
D.行動や関心および活動の限局的、反復的、常同的なパターン(診断 には6項目のうち、少なくとも2項)
(1)関心が常同的かつ限局的なパターンを特徴とした没頭であること
(2)通常には見られない対象への特殊な愛着
(3)特異な非機能的な日常の手順や、形式的なまたは儀式的なものに対 する、明らかに強迫的な執着
(4〉手や指をひらひらさせたり絡ませたり、または身体全体を使った複 雑な動作などといった常同的・反復的な奇異な運動
(5)遊具の局所的な部分や非機能的な要素へのこだわり(それらが出す 匂い・感触・雑音・振動などのようなもの)
(6〉周囲の些細で非機能的な変化に対する苦痛
E.その臨床像は次のものによらない
広汎性発達障害の亜型、二次的な社会的情緒的障害を伴う受容性言語 障害、反応性愛者障害または脱抑制型愛着障害、何らかの情緒ないし 行動障害を伴う精神遅滞、通常より早期に発症した分裂病、Rett症候 群 |
カナーは患者家族の特徴について言及しつつも、心因論で全ては説明できないとしている。しかしその後はベッテルハイムに代表されるように両親の育て方の問題で生じるとする考えが主流となり、両親から引き離して施設で処遇され、精神分析を基礎とした心理療法が行われてきた。
しかし1960年代後半からラターらによって言語・認知障害説がとなえられ、先天的な器質的障害に基づく発達障害であるとの考えが主流となっていった。
また1970年頃からは心理療法の有効性が否定されるようになり、行動療法が主流を占めるようになった。行動の変容を図ることにより、自閉症を治癒させたという報告もされるようになる。しかし行動が変容されても神経学的な問題は残っており、これを治癒ということができるのかという疑問も出されてきた。
1980年代には器質的障害に基づく発達障害であるという点は踏襲しつつも、一次障害を言語・認知障害ではなく、社会性の障害にあるとの考え方が現れ、これが主流をしめるようになってきている。
また学習理論をベースとして持ちつつも、認知の発達を促すことによって問題を改善していこうという認知行動的アプローチ等の考え方も現れてきた。またこの流れとは別に、あるいは関連しながら、様々な理論に基づいた様々な療法がなされてきた。
そして現在、様々な療法が存在し、それぞれが自らの有効性を主張している。この論文ではそれぞれの療法を比較検討することによって、自閉症の現状をまとめ、将来を展望したい。
なお、比較検討に際しては、次の四つの視点から検討する。
1.原因論
何らかの脳の機能的な問題から来る障害だと言うことはほぼ一致している。しかしその器質的問題が知的な機能のどの部分に影響して起こるかという点については、諸説がある。また、原因は保留しておくという立場もある。それぞれの療法が、自閉症の原因をどのように捉えているかとの視点で比較する。
2.目標
かつては家庭からの隔離や心理治療によって自閉症という障害そのものを無くすというのが、自閉症治療の考え方だった。しかし現在では、何をもって「治癒」というのか、そもそも「治癒」があり得るのかという疑問も出されている。その中でそれぞれの療法が何を目標としているのかという視点で、比較する。
3.アセスメント
対象者に働きかける際、アセスメントは必須である。アセスメントには、その療法の障害のとらえ方、目指すもの等が反映されている。対象者をどのように捉えるか、その視点から比較する。
4.方法
それぞれの療法が、それぞれの考え方に基づいてアプローチしているが、ではその目標の実現に向けて、具体的にどのような方法を用いてい
るかという視点から比較する。
参考文献
カナー・著、十亀史郎ほか訳「幼児自閉症の研究」(2001)黎明書房
ベッテルハイム・著、黒丸正四朗ほか訳「うつろな砦」(1973)みすず書房
ラター・著、鹿子木敏範監訳「小児自閉症」(1978)文光堂
中根晃・編「自閉症」(1999)日本評論社
第2章 治療・教育技法の概要
どの療法を比較検討の対象とするかに際しては、現在日本国内で実際に行われていること、学術的な裏付けを持っていることの2点を条件とした。その際、次の手続きに沿って対象とする療法を選んだ。
国立国会図書館の一般図書検索で「自閉症」をキーワードとし、2000年から2002年の間に発行された書籍を検索した。それらの書籍の編著者の名前をキーワードとし、NACSIS-IRで検索した。その結果、編著者が学術誌に論文を掲載していることが確認されたものの中から特定の技法を紹介しているものを比較検討の対象とした。
なお、薬物療法、遊戯療法、芸術療法、動物療法等は、その療法そのものが自閉症に対してアプローチするものではなく、基本となる治療・教育の補助としての色合いが強いため、今回の論文では対象としない。
1.TEACCHプログラム
TEACCHとは"Treatment and Education of Autistic and related Communication
handecapped Children"を略したものであるが、日本では一般にTEACCH(ティーチ)プログラムと呼ばれる。TEACCHプログラムとは、アメリカ・ノースカロライナ州で州の事業として行われている幼児期から成人期までを包括したプログラムである。ノースカロライナ大学TEACCH部を中心として、学校、グループホーム、作業所、職業センター等、一貫した方針で取り組まれている。
日本では自治体ぐるみで取り組まれている例は無く、医院や知的障害児施設等で、TEACCHプログラムの理念(表2-1)や方法論に基づいた取り組みが行われている。
表2-1.TEACCHプログラムの基本理念
@自閉症の特性を理論よりも実際の子どもの観察から理解する
A親と専門家の協力
B子どもに新たなスキルを教えることと、子どもの弱点を補うように環境を変えることで子どもの適応能力を向上させる
C個別の教育プログラムを作成するために正確に評価する
D構造化された教育を行う
E認知理論と行動理論を重視する
F現在のスキルを強調するとともに弱点を認める
Gジェネラリストとしての専門家
H生涯にわたるコミュニティに基盤をおいた援助 |
(1)原因論
より根本的な原因については明らかになっていないものの、中枢神経系を含む器質的な問題と捉えている。あくまで生物学的な原因によるものと捉えており、両親の育て方によるものではないことが強調される。
この器質的な問題により、認知機能が傷害され、環境からの刺激を適切に理解できないため、理解や思考、適応行動を計画し、実行するまでの過程に混乱を来していることにより、自閉症の持つ困難につながっているとする。器質的な障害であるから、この障害の影響は障害にわたって続くことを前提として、プログラムは構成される。
しかしより基本的な考え方としては、特定の理論に依拠せず、自閉症児者の特性から出発して、実証的、実際的な取り組みをするとしている。これは、現在までに様々な理論に依拠した治療法が失敗してきた自閉症の治療をめぐる歴史から来た考え方である。
(2)目標
日本での応用に関しては必ずしも適合していないが、TEACCHプログラムでは、生涯にわたって地域で生活していくための援助という理念が強調される。つまり社会参加が重要な目標となる。
TEACCHプログラムでは、個々の能力や特性に応じ、環境からの情報を整理し、より適切に当事者に伝わるようにすることが重要視されている。当事者が示す様々な領域での学習の障害や、不適応行動等の問題の多くは、自分の周囲で起きている出来事がうまく認識できず、理解できないことからきていると捉えている。
そのため情報を適切に理解できるように環境調整をすることで、発達を促したり、社会性の獲得を促し、適応力を向上させることを目指している。
(3)アセスメント
TEACCHでは、独自に開発されたCARS−小児自閉症評定尺度−(ショプラーほか,1985)、PEP-R−心理教育診断検査改訂版−(ショプラーほか,1990)、AAPEPといった検査がある。
CARSは、自閉症にあらわれる特徴を15の分野に分けて4段階に評価し、いわゆる健常者と比べて行動や徴候がどの程度偏異しているかを評価する。
PEP-RとAAPEPは、一般的な知能検査では自閉症児者の能力が充分に測定されないことから開発されたものである。測定されたデータは個別指導計画をたてる上での基礎資料として使われる。
PEP-Rは6ヶ月から7歳くらいが主な対象となり、12歳以降ではより職業前教育を意識したAAPEPが使われる。
(4)方法
TEACCHプログラムで特徴的なのは構造化という手法である(表2-2)。
これは自閉症者の持つ情報を適切に認知しにくいという特徴に対し、より適切に情報を認知できるように整理するといった意味を持つ。このように環境を整理した上で、認知理論と行動理論を基にした方法によっ
て現実場面での適応行動等、様々なスキルの獲得をはかる。
表2-2.TEACCHプログラムにおける構造化の手法
@自閉症者の感覚情報に合わせて物理的環境を単純化し、いつも一定の状態にあるようにする。
A毎日の生活が予知しやすいようにスケジュールを提示する。
B個々の能力に合わせて各自の仕事を決め、どのくらい働けばよいのか、いつ終了して良いのかをいつもわかるように提示する。
C視覚的に明瞭かつ細やかに物品を組み合わせて認知しやすくすることによって汎化を促進する。
D積極的生産的な日課を設定する。 |
参考文献
佐々木正美・著「自閉症のTEACCH実践」(2002)岩崎学術出版社
G.B.メジボブ、L.W.アダムズ、L.G.クリンガー・著(佃一郎・監訳、岩田まな・訳)「自閉症の理解−原因・診断・治療に関する最新情報」(1999)学苑社
2.認知発達治療
認知発達治療は、太田昌孝や永井洋子らを中心として、東京大学精神神経科の発達障害児対象のデイケアでの実践を基に形作られてきた治療法である。
ピアジェの発達理論を基礎とし、自閉症児者の認知発達の段階を設定し、それに基づいた治療・教育を行っている。
もともとは幼児期〜少年期を対象として出発したが、現在は成人期、成年期にも対象とした取り組みまで広げる動きが出てきている。
(1)原因論
認知発達治療では、自閉症をいくつかの原因がからみあって起こる脳機能の障害と捉えている。
いくつかの原因により、ある特定の脳機能システムに障害を起こす。そのため表象機能障害が起こり、それが認知の障害、情緒の障害として現れ、自閉症独特の困難を形作るとしている。
(2)目標
認知発達治療では治療・教育の目標を、@基本障害の克服、A適応行動の獲得、B異常行動の予防・減弱という3つの次元で考えている。
第1の次元で言われる基本障害とは、表象機能の障害と捉えられている。そのため表象機能の獲得を目指し、認知と情緒の発達を促す。そのことにより、思考の柔軟性を増すように働きかける。
第2に、社会に適応するために直接に役立つスキルの獲得と促進を目指している。生活習慣の確立、意思の伝達技能の獲得、家庭作業スキル、集団生活への参加と適応のスキル等、年齢や認知の水準に合わせて目標を設定する。なお、認知機能を高めることにより、適応行動の獲得においても柔軟性を持たせることが期待できるとしている。
第3の次元は、それぞれの認知発達のレベルに合わせて考える力と自己統制力を養い、また適応行動のスキルを獲得することによって、異常行動の予防と減弱をはかるものである。
(3)アセスメント
認知発達治療においては、認知発達、社会生活能力、行動といった異なる側面からの評価をする。その中で中心をなすのが、太田ステージ評価と呼ばれる認知発達の側面の評価法である。
太田ステージ評価は、発達の初期の段階から順に、ステージT、U、V-1、V-2、Wの五段階に分ける。
ステージTはシンボル機能が認められない段階であり、要求手段によりさらに三段階に分けられる。ステージT-1は目的と手段の分化ができていない段階。ステージT-2は目的と手段の分化の芽生えの段階。ステージT-3は目的と手段の分化がはっきりと見られる段階である。
それらのステージのうち、どの段階にあるのかをLDT-Rという独自の課題によって評価する。
この太田ステージ評価の他に、新版S-M式社会生活能力調査(旭出学園研究所,1980)や改訂行動質問票(井筒ら,2001)等を組合せて社会生活能力や行動を評価する。
(4)方法
すでに述べたとおり、認知発達治療の目標は@基本障害の克服、A適応行動の獲得、B異常行動の予防、減弱である。先に触れた太田ステージの段階ごとに、この3つの次元から具体的な目標が設定される。例えばステージTの@の次元の目標としては模倣を促すこと等が、Bの次元では自傷行為や睡眠障害の予防・減弱等があげられている。
ステージ毎に具体的な発達課題が設定され、その課題による学習によって表象機能の獲得を促し、また適応的なスキルの学習も促す。異常行動については、基本的には発達を促す働きかけの中で、予防・減弱をはかる。
また、家族との連携の中で、生活全般の中から発達を促したり、異常
行動の予防・減弱をはかっていくことが重要視される。
参考文献
永井洋子ほか・著「自閉症など発達障害への援助システムと指導プログラムの開発に関する研究−V −ライフステージにおける課題と提言」(2002)日本自閉症協会
太田昌孝、永井洋子・編著「自閉症治療の到達点」(1992)日本文化科学者
太田昌孝、永井洋子・編著「認知発達治療の実践マニュアル」(1992)日本文化科学者
波多野完治・編「ピアジェの発達心理学」(1965)国土社
3.関係障害臨床
東海大学の小林隆児を中心に行われている治療・教育法である。ボウルビイの愛着関係理論を基礎として形作られたものである。「母子」の関係障害の克服を中心としているため、幼児へのアプローチが中心となるが、知的障害者施設などでは担当職員と対象者との間の関係を対象としてのアプローチもされている。
(1)原因論
この立場では、自閉症の本態を関係障害とみなしている。
個体的要因として、知覚の異常を持つとしているが、この異常が必ずしも自閉症に結びつくものではないとしている。交互作用発達モデル(ザメロフ,1993)等の考え方を基に、個体的要因と、環境(母あるいは主たる養育者)、表現系の相互作用の中で、自閉症という表現系が現れるとしている。
知覚の過敏さにより、環境の刺激を適切に統御できず、環境の刺激に対して回避的になり、そのため知覚の分化が適切に行われず、認知機能の発達が阻害されるとする。
また一方で、母(主たる養育者)への接近への欲求は根底に持ちつつも、母からの働きかけという刺激にも回避的になる、接近・回避動因的葛藤という状態になる。接近行動を起こしても、母が抱き上げる等の愛着行動を示せば、それを回避してしまう。そのため母が子どもを放置すると、また接近行動を起こす。このような悪循環によって、母にも混乱をもたらし、母子間の愛着関係の成立を阻害する。
(2)目標
この治療法では、主たる養育者と対象者との間の愛着関係の成立を目標としている。知覚過敏によって外界の刺激を回避している子どもも、母子間の愛着関係が成立することにより、安全感が醸成され、外界の刺激へ向き合うことができるようになる。そのことが認知機能の獲得を促進し、自閉症の独特の行動の減弱に結びつくとしている。認知機能の獲得は母子関係の改善の結果であり、この治療の目標は、あくまで母子関係の改善にある。
また、以下のようにいくつかの段階を経て、子どもに情動的コミュニケーションの深まりと、それを基盤にして象徴的コミュニケーションへ発展させていくことを、基本原則として設定している。
@子どもの接近・回避動因的葛藤を緩和することを最大限重視すると。
A子どもの能動性を高めることによって、自己感(中核的自己感(スターン,1985)を豊かに育むこと。
B母子間の愛着関係が深まっていくなかで、母子一体感を両者の間で体験できるようにすること(情動の共有)。
Cこのようにして深まった母子関係を基盤にして、母親は子どもの意図を感じ取って対応するとともに、母親の意図(子どもに伝えようとしていること)を少しずつ子どもに伝えていくこと(意図の共有、意味の共有)
Dこのようにして蓄積されていく様々な体験を通して養育者がその体験の意味を投げ返していくこと(体験の共有、意味の共有)。
(3)アセスメント
アセスメントは、治療の導入前、導入段階、治療中の各段階で行われる。
まず、基礎的なデータとして、発達歴の聴取、および初期発達評価は、治療導入前に行われる。
そして導入時の初回治療で、母子の関係性の評価を行う。一つは、母子で自由に遊んでいる場面を観察する自然観察法を行い、また新奇場面法(エインズワース,1978)も併せて行う。
また、治療時にはビデオフィードバックによる両親による評価、治療と治療の間に母によってノートに書かれる自由記述もアセスメントと捉えることができる。
(4)方法
関係障害臨床は、母子治療室、集団療法室、観察室、面接室といった場によって構成される。人的には、主治療者、共同治療者、ビデオカメラ操作者、観察記録者からなる。
母子治療室において、同席する共同治療者の援助の下、母子での交流をはかる。その模様はビデオに納められる。ビデオは家庭に持ち帰り、交流場面をどのように評価するかを、次回の治療までに両親それぞれに記載してもらう。また治療開始時にノートを渡し、家庭内での母子交流の変化を自由に具体的に記入してもらう。主治療者は治療の進行を司り、必要に応じて母子治療室での交流に介入し、面接を行う。母の心理的問
題が大きい場合には、母に力動的精神療法を行う場合もある。
参考文献
小林隆児・著「自閉症の関係障害臨床」(2000)ミネルヴァ書房
小林隆児・著「自閉症と行動傷害」(2001)岩崎学術出版
ボウルビィ他・著「母と子のアタッチメント」(1993)医歯薬出版
ザメロフ他・著「早期関係性障害」(2003)岩崎学術出版社
スターン他・著「親-乳幼児心理療法」(2000)岩崎学術出版社
4.応用行動分析学
今回の論文で取り上げられた治療・教育法の中で、もっとも「行動療法」的な療法である。過去の行動療法では、対象者の行動を整えることによって治癒を目指すといった立場もあったが、より柔軟に、より対象者の個別性に配慮されたものになっている。
(1)原因論
応用行動分析では、基本的には個体に原因を求めない。その個体の行動に影響を与える環境要因を解明することによって、その行動を調整する。そのため自閉症の原因については特定の原因論を持つものではない。
(2)目標
基本的には、自閉症に対するアプローチではなく、行動に対するアプローチであるため、個別の行動の変化や獲得を目指す。
自閉症が対象になる場合、主に問題行動の減弱と、コミュニケーションスキルの獲得が目標となる。仲間との相互交渉が社会的発達につながるが、自閉症の特徴として他者に対する関心の乏しさや相互交流スキルの乏しさがあるため、これを解決できる援助が主な目標の一つとしてあげられている。
また問題行動の多くは、「注目」、「逃避」、「獲得」、「感覚」という機能を持ち、同じ機能を持つ別の行動の獲得が目標とされる。
(3)アセスメント
アセスメントは目標となる行動の分析という形で行われる。
例えば問題行動の減弱の場合は、インタビュー法や直接観察法により、その問題行動の起きる前後の状況等を集める。どのような刺激が弁別刺激となってその行動を起こさせ、どのような結果が強化子となっているかを分析する。それにより、その行動が前述の「注目」、「逃避」、「獲得」、「感覚」のうちのどの機能を持っているかを探る。
コミュニケーションスキルの獲得に関しては、コミュニケーションに関する特徴を抽出することにより、スキルの獲得に際して、何を弁別刺激とし得るか、何を強化子とし得るかを検討する。
(4)方法
基本的には、アセスメントに基づき、獲得可能な行動を設定し、弁別刺激を適切に提供し、適切な強化子を与えることにより、適応的な行動を獲得していく。
コミュニケーションスキルの獲得の場合には、次のような手段がとられる。@人とのコミュニケーションへの動機付けを高める、A社会的手がかりを分かりやすくする、B自らの行動結果を理解できるように工夫する、Cとりまく環境を整備する。つまり対象者が好きな活動を用い、どのような手だてを用いれば相手に伝わるかを分かりやすく示し、自分の行動が結果につながっているということを見えやすい工夫をし、これらのことが実現できるように周囲の環境を整えるということになる。なお、コミュニケーションスキルの獲得の場合、必ずしも一般的な「言語」の獲得にはこだわらず、その人の状況に応じてサイン言語等の代替手段の獲得をはかることもある。
問題行動の減弱を目指す場合、アセスメントによってその行動の機能を分析し、それと同等の機能を持った適応的な代替行動を設定する。「注目」、「逃避」、「獲得」といった機能の場合、コミュニケーションとしての行動であり、その人にとって獲得可能な別のコミュニケーション手段をしめして、適切な場面で代替手段を示し、その行動をとった場合に強化子を与える。問題行動の場合は強化子を与えず、危険が及ばない限りは無視する。「感覚」は問題行動の場合には強化子が手に入らない工夫を
し、新たな問題にならない形で感覚を得られるようにする。
参考文献
氏森英亞・編著「自閉症児の臨床と教育」(2002)田研出版
小林重雄ほか著・「応用行動分析学入門」(1997)学苑社
5.受容的交流療法
これはロジャーズの受容的態度を基に自閉症児への関わりの中から発展し、形作られてきたものである。
(1)原因論
この立場では、自閉症を脳機能上の障害を基にした感情障害としてとらえている。しかし基本的には特定の原因論に依拠しない。実践の中から効果のある方法を探っていくことを重視し、特定の原因論に拘泥することを避けている。
(2)目標
この療法では、主な対象者を学齢前の幼児としている。そのため目標を、幼児期における感覚、情緒的な発達と、学校適応のための基礎的な能力として、集団参加への興味と能力の発達を目指すとしている。
家庭における安定と社会における集団参加を就学へ向けての目安とし、@友達に感心を示す、A大人の言うことを聞く、B知的な興味がのびている、のいずれかに該当する場合に就学し、でなければ就学猶予を選択するとしている。
(3)アセスメント
この立場では、注意集中機能と注意遮断機能の関係と、知的発達と関係性の発達の関係という、二つの軸からの評価がされる。
注意集中機能と注意遮断機能の関係からは次のように分類される(図1-1)。注意集中機能と注意遮断機能が適度に働いているものが、いわゆる健常児で、これをAタイプとしている。どちらも働いているが、それが鋭すぎるのがBタイプ。
注 図1-1注意の集中・遮断機能の関係による分類
意集中機能は働いているが、注意遮蔽機能が働いていないのがCタイプで、刺激に対して集中するものの他の刺激を遮断できないため、注意集中が長続きせずに次々と注意が移っていく。注意集中機能が働かずに注意遮蔽が働いているのがDタイプで、行動が極めて消極的で内閉的になっている。
図1-2 知的発達と関係性の発達からの分類
知的発達と関係性の発達の関係からは次のように分類される(図1-2)。A群は知的発達も高く人間関係も向上している子どもである。立場では学習障害や注意集中多動性障害もここに分類している。B群は人間関係は向上しているが知的な発達は遅れている。C群は環境的な条件による発達遅滞や早期の自閉性のため人間関係の不全は見られるが、教育によって知的発達の面での開発が認められ、人間関係も徐々に向上している子どもたち。D群は知的には非常に高度な能力を持っているが、いまだ人間関係が充分に向上していない子どもたち。E群は知的発達、人間関係の両面で遅れている子どもたち。以上の分類は、療育期間中の断面図であるとされている。
(4)方法
働きかけは、治療・教育の進み具合に従い、次のように行われる。
@出会いの時期−ウォーミングアップの時期
タイプ毎に働きかけの方法は違うが、対象者のペースに合わせながら療育者の存在を意識させるような働きかけをする。
「受容交流療法」における「受容」は、この時期に強調される。まずは対象者の立場にたち、その興味や関心に応じ、たとえ社会的には奇異であろうとも、まずはそれに寄り添うことが強調される。この受容の経験が感情の統制化を促すとしている。
A子どもが療育者を受け入れた時期(ラポートが成立した時期)
療育者からの積極的な働きかけが可能になると、遊びの提案、模倣を促す、条件を出してのやりとり、他者を意識させる等の働きかけがなされる。
B子どもが療育者の指示通り動くようになった時期
現実社会への適応へむけた課題を実施していく。
参考文献
石井哲夫・著「自閉症児の心を育てる−その理解と療育−」(2002)
ロジャーズ・著「ロジャーズ選集. 上」(2001)誠信書房
ロジャーズ・著「ロジャーズ選集. 下」(2001)誠信書房
第3章 比較検討
第2章では各療法毎に@原因論、A目標、Bアセスメント、C方法の四つの視点から見てきた。第3章では、逆にこの四つの視点から各療法を比較検討してみたい。
1.原因論
応用行動分析を除き、基礎に何らかの器質的な障害があるという見方は、概ね一致している。
関係障害臨床は、感覚の異常が関係障害に発展した場合、これを基礎障害として自閉症が形作られるとしている。その他は、細かい差異はあるものの、認知障害との立場に立つ。
しかし、認知発達治療と関係障害臨床を除くと、温度差はあるものの、原因にはこだわっていない。
これは、自閉症をめぐる原因論、治療・教育の歴史の混乱から、特定の理論に依拠しすぎることに慎重になっていることと、自閉症児者の持つ困難の大きさから、実際に効果があることが何よりも重視される傾向にあるためと考えられる。
2.目標
おおむね、能力の発達、適応的行動の獲得、社会性の発達の三点にしぼられる。
関係障害臨床は、一対一の人間関係の獲得があれば、認知の発達等はその結果にすぎないとし、社会性の発達のみを治療・教育の目標としている。一対一の関係を重用視する立場としては、受容的交流療法もあげられるが、これはウォーミングアップの段階の第一の目標とされ、その先の社会性の発達が能力の発達に大きく寄与するとしているが、能力の発達や適応行動の獲得も目標とされている。
それぞれの目標が、他の目標にどのように影響を与えるかという点で強調点の違いはあるものの、ほとんどの立場では、この三者がともに目標としてあげられている。
3.アセスメント
各療法で共通しているのは、発達レベルの評価である。どのような療法にせよ、その対象者の持つ能力に応じた働きかけをすることは共通している。
関係障害臨床では、母子関係が強調されるため、その関係の評価が中心となる。受容的交流療法では、いくつかの評価の中の対人関係に関する評価の中で、同様の評価がされる。その他では行動の評価という面から対人関係についても評価される。いずれも対人関係に関する評価はなされるが、その視点の方向に違いが見られる。
関係障害臨床を除くと、行動の評価をするという点では共通している。しかし例えば応用行動分析では行動の機能という視点から評価され、受容的交流療法では対象者の刺激への反応の特徴を探るというように、同じ行動の評価といっても、それぞれの療法の間で評価の視点には違いがみられる。
4.方法
それぞれアプローチの仕方に相違点はある。おおまかに分けると、@一対一の対人関係を深める、A能力を高める、B環境を調整する、という三つの方向からのアプローチがある。
一対一の対人関係を深めることは、関係障害臨床と受容的交流療法で強調される。関係障害臨床は、母子間の関係を繰り返し観察し、調整する中で、情動調律をスムーズにし、それを基にコミュニケーションスキルを高度化させていく。受容的交流療法では、受容することにより他者を意識させ、双方向のコミュニケーションに発展させていく。
能力を高めることは、関係障害臨床があくまで結果にすぎないということを強調する他は、すべての技法でとりあげられている。応用行動分析においては当然ではあるがオペラント条件付けを基礎においた方法がとられる。TEACCHと認知発達治療は、前提として認知障害を仮説として持っているものの、行動療法を基礎とした方法がとられている。
TEACCHではコミュニケーションボードの利用やジョブコーチによる援助等、生活場面全般にわたる環境調整が図られる。応用行動分析でも、代替コミュニケーション手段の獲得等、生活場面での環境調整が視野に入っている。その他の療法では治療・教育の場面における効果を高めるための環境調整について言及される。
第4章 まとめ
以上、現在行われている治療・教育技法を概観してみた。現実には今回の手続きの中では抽出されなかったものの、これ以外にも行われている技法はあり、この論文で充分に網羅されているとは言えない。しかしそれらについては置いておいて、ここで取り上げられた技法を基にして、まとめたい。
基本的には、多くの技法において目指しているものは共通している。自閉症という障害そのものを治すことを展望するもの、治らないことを前提とするもの、自閉症が治るかどうかを論点とはしないもの等、様々であるが、その上で目指すものは、自閉症児者が社会の一員として暮らせるようにすること、つまり社会参加である。
アプローチの視点としては、@社会性の発達(対人関係の成立)、A能力を高める(スキルの獲得)、B環境を調整する、という三つに分けることができる。これらのアプローチは互いに否定し合う関係にあるものではない。母子の愛着関係については、いずれの立場からも重要性は認められている。能力を高めることについては、あくまで結果にすぎないとするものや、とくに強調はされないものはあるが、それぞれの立場から見てもこのアプローチそのものは否定されない。環境を調整することについても、特に語られていない立場もあるものの、積極的に否定されるものではない。
ただ、能力を高めることやスキルを獲得することが対人関係を促進させるという立場と、逆に対人関係を高めることが能力の発達やスキルの獲得を促進させるという正反対の見方はある。しかしこの立場の違いも、互いに排斥し合う関係にあるわけではない。
それぞれの技法の違いは、あくまで視る方向の違いであり、全く対立するというものではない。それぞれの方法については対立点はあるものの、研究が進み、洗練されることによって統合される可能性がある。また違う視点からのアプローチ同士は、同時に行っても互いに阻害するものではなく、現在でも現場レベルでは補完し合う関係にある。
過去に行われていた素朴な精神療法や、同じく素朴な行動療法では、互いに否定しあい、同時に行われる可能性は無かった。しかし現在では精神療法を根に持つ技法も、行動療法を根に持つ技法も共通点が多く見られるようになり、互いに批判し合ったとしてもいたずらに否定し合う関係には無くなってきている。今回とりあげた療法でも、TEACCH、認知発達治療、応用行動分析は行動療法をルーツに持ち、関係障害臨床と受容的交流療法は精神分析をルーツに持つ。しかしそれぞれの共通点や差異点を見ると、単純に二つに分けられるものではない。
実際に自閉症の治療・教育に携わっている者の多くは、何が正しい理論かと言うことよりも、現実に何が自閉症児者のためになるかとの視点を重用視する。この視点を持つかぎりは、異なる基礎理論を持つ技法同士でも互いの長所を取り入れ、補完し合う関係になることは可能であると考えられる。