★★★『マリー・アントワネットの首飾り』(The Affair of the Necklace)
ナポレオンは書いている。フランス革命を導いた要因は3つある。七年戦争の敗北と外交の失敗、そしてとどめに一撃は宮廷スキャンダル。一人の女によってなされたこの企ては、“首飾り事件”として知られる。
1786年パリ。ジャンヌ ・ド・ラ・モット=ヴァロア伯爵夫人は高等法院において弁明している。「わたしにとってキラキラ輝くものは失われた館の夢と味わったことのない平和。私は誓った。失われた人生を取り戻すのだ」と………。
1767年。ジャンヌは、かつて五世代にわたって王位についたフランスの名門ヴァロア家に貴族の娘として生まれ、幸せな日々を過ごしていた。しかし、 悲劇は突然訪れた。改革主義者であった父が、貴族でありながら民衆勢力と結びついたことが、政情不安なこの時代に命取りとなった。父親は王室対する反逆者として殺され、ヴァロア家の館と領地を王室に没収され、絶えたものと王室には信じられた。さらに、母親も失意の末に亡くなり、たった9歳のジャンヌは全てを失い、孤児となった。
1784年ヴェルサイユ。長じたジャンヌ(ヒラリー・スワンク)は、家名復興のために一人の女性に目を付けた。王妃マリー・アントワネット(ジョエリー・リチャードソン)である。ジャンヌは爵位を得るために、騎兵隊に勤務するニコラ・ド・ラ・モット伯爵(エイドリアン・ブロディ)と愛のない結婚をし、伯爵夫人として、王宮に出入りするようになっていた。彼女は家系図を手に儀典長にヴァロア家の館と領地の返還を嘆願するが、未だ話も聞いて貰えない状態だった。そこで、あえて王妃の前で転んでみせ王妃の関心を買おうとするのだが、「私の足を讃えなくて良くてよ」と全く相手にされないばかりか、「王妃には近づくなと言ったろう。王妃はそなたに感心がない」と宮内大臣ブルトゥイユ(ブライアン・コックス)にまで言われてしまう。そんな時、ジャンヌは彼女の美しさに惹かれて近づいてきたジゴロのレトー・ド・ヴィレット(サイモン・ベイカー)と出会う。
当時フランスでは、ルイ16世が君臨し、王妃マリー・アントワネットは人生を謳歌していた。しかし、王家の財政は逼迫し、生活苦にあえぐ民衆の不満は王妃に向けられようとしていた。その頃、王室御用達の宝石商ベメールとバサンジュは、ルイ15世が愛人デュ・バリー夫人に贈るために作らせたが買い取られることのないままになったダイヤの首飾りを、アントワネットに売込みにやってきた。2800万カラット、160万リーブル(時価192億円)のその首飾りだが、その因縁から王妃はこの申し出を断る。
レトーの口利きで儀典長との面会に成功したジャンヌだったが、「反王制のレールを敷いたものは許されん。ヴァロアの家が潰れても王室は困らない。王室は嘆願を却下する、永遠に」、それが全てだった。
レトーは次の手立てとして、ジャンヌに後ろ盾を持つことを提案する。そして白羽の矢が立てられたのが、 時の枢機卿ルイ・ド・ロアン(ジョナサン・プライス)だった。彼はその地位の高さ、財力で権勢を誇っていたが、その女癖の悪さからアントワネットに嫌われて宰相への野望を妨害されていた。2人の和解をネタにするという図式ができあがった。
レトーは早速王妃の使用人コリーンをたらし込んで王妃の便せんとハンカチを手に入れる。「これで王妃の知らない王妃の一番の友人になれる」。ジャンヌは王妃と懇意なふりをして枢機卿に接触を図る。初めはジャンヌを疑った枢機卿だったが、彼女が落とした王妃のハンカチを見て信じるようになる。
ロアンは自らが資金援助をしている結社にジャンヌを連れて行く。主宰は霊視と予知能力を認められた謎の男カリオストロ伯爵(クリストファー・ウォーケン)。彼はジャンヌを見るなり、「お前の望みは危険な香りがする。お前は感情を隠すことを学んだ。大切なものを失ったからだ」と彼女の生い立ちを言い当てる。いたたまれずにその場を去ったジャンヌは日を改めてカリオストロ伯爵を訪ねる。「来ると思った」「ブーランヴィリエ公爵夫人に私の過去を聞いたのね」「何が目的だ」「猊下に密告する気?」「気を付けろ私はこうやって生きてきた」「私もそう生きる。2人は同じ運命」「すばらしい協力関係が見えるよ」。かくしてジャンヌはカリオストロ伯爵をも仲間に引き込むことに成功する。
ジャンヌはレトーと共に、王妃が枢機卿を許す偽手紙をでっち上げ、2人の仲介役を演じていく。やがて、ジャンヌは王妃の庇護下にあると噂されるようになる。そして、その噂を聞きつけてジャンヌの夫ニコラが戻ってきた頃には、ジャンヌとレトーは真剣に愛し合う関係になっていた。ベッドインするジャンヌとレトー。そこにニコラが姿を現す。レトーに決闘を申し出るニコラ、止めに入るジャンヌ。家政婦のロザリーが銃でニコラの尻を撃ってしまい騒ぎは一段落、ニコラもジャンヌへの協力を約束する。
一方、宝石商バサンジュもジャンヌに協力を求めてくる。かの首飾りを王妃に薦めてくれというのだ。このことがなければ、自体はそんなに申告にはならなかっただろう…
早速ジャンヌはこの首飾りを自分の計画に利用することを思いつく。「王妃は首飾りを欲しがっていますが、今の時勢では贅沢は認められない。市民の目を気にして仲介人を欲しているのです。猊下が仲介すれば宰相の座が近づきます」と枢機卿に申し出る。一方、枢機卿は「王妃と対面できなければ協定は終わりだ」と言い出す。そこで、レトーは王妃そっくりの娼婦ニコルを仲間に引きずり込み、王妃に仕立てて枢機卿と“ヴィーナスの茂み”で逢い引きさせる。すっかり騙された枢機卿は王妃との和解ができたものと思い込み、首飾りの保証人となる。しかし、枢機卿にとっても160万リーブルは大金だった。夫妻が保証されるか不安になった枢機卿は、カリオストロ伯爵を訪ね予知を依頼する。そして、伯爵は神聖な予言をねつ造した。それは枢機卿が王妃から金のメダルを授けられるというものだった。安心しきった枢機卿は、「聖母被昇天の日に代金を支払います。だから、首飾りを使いの者に渡してください」と書かれた王妃の手紙を持って現れたアルジールなる従者に首飾りを渡す。アルジールこそレトーだったのだ。
全てが王妃の知らないところで進行していくのだった…
ジャンヌに一時の幸せが訪れた。首飾りは手段に過ぎなかったのだ。奪われたものを取り戻したい気持ち、それは誰にでもあるもの。ジャンヌは首飾りをばらすと、その一部を売り払い、ヴァロア家の館を買い戻すことに成功したのだ。
しかし、やがて代金支払いの期日が迫る。王妃から何の音沙汰もないことに不安を感じた枢機卿がジャンヌに連絡を取りたがる。宝石商ベメールといえば、借金の種を片づけて有頂天で王妃に贈り物をしたことから、宮内大臣の疑心を呼ぶことになる。また、ニコラがパリでダイヤを売ろうとしたことも宮内大臣の疑心を煽ることになる。
ニコラの一件で危険を感じたレトーは国外逃走を言い出すが、ジャンヌは「枢機卿による王妃への愛の告白の証拠がある」と高を括っていた。これを宮内大臣に渡すことで保身を測ろうとしたのだ。一方、王妃が首飾りを欲しがっていないということを知ったベメールは、急ぎ枢機卿の館へと向かう。ジャンヌは、『枢機卿が王妃との関係がスキャンダルとして表沙汰になることを恐れ、おとなしく首飾りの代金を支払うだろう』と考えていたが、ここで、ベメールが宮内大臣に逮捕されたことで全てが狂ってしまう。
聖母被昇天の日。王と王妃に呼ばれた枢機卿は今日こそ新宰相に任命されると意気揚々と王宮へと向かう。その前に、不安を消すために王妃からの手紙を全て焼却して。しかし、彼を待ち受けていたのは、バスティーユへの投獄だった。宝石商の供述で、彼が王妃の名をかたって首飾りを手に入れたということになってたのだ。事件の噂は瞬く間に世間に広まり、王妃と枢機卿のスキャンダルだと信じ込んだ民衆の王室批判は一層燃え上がることになる。全てが明るみに出たと知ったニコラはさっさと一人で国外脱出を図る。レトーはジャンヌに一緒に逃げるようにと迫るが、彼女は「逃げることは家名を汚すことになる。これは私だけの問題。どうか分かって」と一人館に留まる。そして、ヴァロア家の墓地で幸せだった頃の家族の思い出に浸るのだった。
事件の噂は消えることはなく、市民にとっての真実となっていった。王妃にとっては全くあずかり知らぬことではあったが、王妃は自らの名誉を守るために、宮内大臣に公開裁判を命じる。「ロアンが有罪になれば、私は無傷」。宮内大臣は「カラスにスモモをつつかせるだけです」と諫めるが、王妃の決意は揺るがなかった。
ジャンヌが逮捕され、カリオストロ伯爵も続けて逮捕され、ついに1786年5月22日高等法院にて“首飾り事件”の裁判が開廷された。「わたしにとってキラキラ輝くものは失われた館の夢と味わったことのない平和。私は誓った。失われた人生を取り戻すのだ」。
この裁判において、陰謀の経緯が明かされ共謀関係が審議された。「王室に有利な明白な証拠に捏造された手紙がある」と枢機卿は言うが、その手紙は枢機卿自身の手ですでに焼却された後だった。そんな時、宮内大臣から重要な証人として娼婦ニコルが出廷させられ、そして逮捕拷問されたレトーの自白によって、ジャンヌの罪は明白となっていく。
「判決の前に告白の機会が与えられる」。判決の前日、宮内大臣がジャンヌを訪ね、「枢機卿の共犯を証言するんだ」と命じる。しかし、ジャンヌはそれを拒否する。「王室を救う唯一の道なの」、そこに王妃が姿を見せる。「まさかお目にかかれるとは」と驚くジャンヌ。「陰謀の首謀者を見に来ただけ。私の名を傷つけた訳を言って」「私のことを無視したわ。あの時無視されてなければ、もっと静かな人生が送れるはずだったのに」…。
かくして控訴を認めない判決が下された。カリオストロ伯爵、証拠不十分で無罪。レトー・ド・ヴィレットは有罪と見なし、王国より永久追放、財産没収。ルイ・ド・ロアン、無罪。ジャンヌ・ド・ヴァロアに判決は下されたが、コンシェルジュリに留置された。王が市民の暴動を恐れたからだ。かくして、王妃はスキャンダルにまみれ、民衆の望み通り嫌われたまま、引きこもることになる。確かに王妃の贅沢と無関心は市民の趣味ではあった…
その後、ジャンヌは有罪を言い渡され最後の発言を許された。「どんな運命より私の苦しみは大きいものです。大事なものを奪われ、何も残らなかった。私は希望の光を必死でつかもうとしただけ。でも、もう手遅れだと気づいた。家名は無意味なもの。名誉は心の中から生まれるもの」。ジャンヌは鞭打ち刑の後、胸に“V(「VOLER」…泥棒を意味する言葉の頭文字)”の烙印を押され、投獄された。
そして、この“首飾り事件”は、その真偽とは別に、王室に対する世論を急激に悪化させ、フランス革命のひとつの導火線となった。“首飾り事件”から7年後の1793年、革命裁判にかけられたマリー・アントワネットは、即日断頭台の露と消えた。こうして王妃の一生は終わった。
ジャンヌは、サロペトリエール牢獄で2年、出獄後英国に渡り回想録を記した。そこで彼女は束の間、受け入れられた。しかし、彼女はフランスに戻ることはなかった。ロンドンのホテルからの転落死。王政派の報復というものもいるが定かではない。
ただ、彼女が起こした“首飾り事件”が、脆い王政の権力を打ち砕き、裁判が革命の橋渡しとなったことだけは確かである。
フランス革命期に実際に起きたこの事件、一人の女の想念が導いたという作りになっているが、なんとも男達が容易に巻き込まれていく様子は、権謀術数渦巻く王宮にあって、逆にあっけなすぎないかと思わせられてしまう。わずかにカリオストロ伯爵のペテン術が真実味を描いてくれてはいるのだが…
まあ、全く無関係なまま事件に巻き込まれスキャンダルにまみれてしまったマリー・アントワネットが哀れにも思われたが…無関心は罪と言われても、市民生活に無関心は貴族の常ではないかと思ったり…。
それにしても、ハリウッドで作ったこの映画。登場人物が全くフランス人らしくなく…実際そうなのだから仕方がない…、我慢してみればイギリス王室か?って思わせるような作りになっているのが、あまりに残念。やはりフランス歴史映画はフランスで作るべきなんじゃないかな??2002/2/16 ファボーレ東宝(富山)