★★★+『ピアニスト』(La Pianiste)
深夜、帰宅したエリカ(イザベル・ユペール)を母親(アニー・ジラルド)がなじる。「3時間前にレッスンは終わったはずよ」と言うと、いきなりエリカのバッグを開けて中を調べ始める。母親の頭につかみかかるエリカ。そんな喧嘩も日常茶飯事。「なんて酷い娘」と不満を言う母親の頭を確かめ、抱きしめる。「二人でコーヒー飲もうか」と母親。ベッドに並べば、母親から「お前みたいな顔塗りたくって、流行の服着て何さ」と辛辣な言葉もでるが、いつしか娘を思いやる話に。「今日のレッスンはショベールの娘かい?」「アンナ。見込みはあるわ。シューベルトには向いてるみたい」、「シューベルトはお前のものだよ」「勝手に私の領域決めないで」、「誰にも負けないで。不用意なことはしないで、エリカ」「ええ、ママ」。
エリカはピアニストになるべく、子供の頃から母に遊ぶ間も許されず厳しく教育されていた。現在はウィーン市立音楽院のピアノ教授となっているが、母の夢だったコンサートピアニストになることは出来ずにいた。
今日も厳しいレッスンの日々を繰り返すエリカ。ホーム・コンサートに演奏に招かれた彼女と母親がエレベータに乗ると、乗り遅れた青年が、階段を駆け上がって彼女らを家に招き入れる。青年の名はワルター・クレメール(ブノワ・マジメル)、その家の主人の甥で、低電圧を専攻する学生だった。
エリカの演奏に絶賛の拍手を送ったワルターは早速エリカの手への口づけを申し出る。エリカはワルターのその態度に戸惑いを感じながらも相手をする。シューマン狂気の中の煌めきについて話し(「精神疾患の一瞬の正気にしがみついた作品」)、「何でもお見通しのようだ」と揶揄するワルターに「シューベルトとシューマンのことならね。父も精神疾患でなくなっているので」と突き放すように言う。
その後、ワルターがピアノの前に座る。彼は「教授の話に感銘を受けたので」とあえてシューベルトの曲に挑戦する…
記念演奏会に向けて、エリカのレッスンは熱を帯びてくるが、教え子のアンナは気が弱く、伸び悩んでいた。アンナの母親は「娘にはピアノしかありません」とエリカに詰め寄る。エリカは「シューベルトは激しさよ。歌い手との相性も関係するからね。全力投球して」とアンナを励ましていく。
日々レッスンに忙しいエリカだが、彼女の行動を追うように、母親は出先にまで電話をかけて来る始末。エリカの息抜きはと言えば、アダルトビデオショップの個室に入って、先の客が残していったティッシュの匂いを嗅いだり、ドライブイン・シアターで覗きをしながら放尿、あるいはカミソリで自らの陰部を傷つけてみたり…と空想的マゾヒズムの世界に浸ることだった。
音楽院の大学院入試が近づいたある日、レッスン中のエリカの元にあのワルターが訪ねてくる。「先生のクラスに入りたくて」と言う彼に、「願書なら事務室に行って。合否を決めるのは音楽的才能よ」と冷たくあしらうのだった。
そして、入試の日。並み居る教授陣の前で演奏するワルター。絶賛する教授陣だが、「彼は何を望んで受験したのでしょう。プロになるには遅すぎます。彼を育てる自信はないわ」と不合格を進言する。結局、ワルターは合格を手にする…
その頃から、エリカの中で均衡が崩れ始めて、これまで以上にイライラした日々を送っていた。アダルトビデオショップで友人とふざけている教え子を見つけて声をかけ、彼の腕が伸び悩んでいることに怒りを表明する。
ワルターの最初のレッスン。「音楽への真摯な態度が見られない」と言うエリカに、ワルターは「あなたの関心がひきたくて学問を捨てました。僕たちはボルトとナットの関係。あなたもそれは分かっているはずだ」と思いを告白する。エリカは不愉快な表情でその話を打ち切らせるが、レッスン後、彼女はワルターの後をつけ、アイスホッケーをしている彼の姿を見つめる。その後、エリカはドライブイン・シアターで時間を過ごし、帰宅の遅れた娘に母親が当たり散らすということに…。
記念演奏会のリハーサルの日。緊張でガチガチのアンナだったが、譜面係として来ていたワルターがアンナに優しく声をかけると、彼女はのびのびと演奏を始める。無性に苛立ちを感じたエリカは、舞台裏に行くと、そこにあったガラスコップを踏み割って、アンナのコートのポケットに潜ませるのだった。
満足のいくリハーサルが出来たアンナは、嬉しそうにコートを着た瞬間に悪夢を見ることになる。「血を見るのは苦手なの。男らしく助けるのよ」とワルターに声をかけたエリカはそのままトイレに入る。
彼女を追ってワルターもトイレに入ると、ドアに手をかけて個室に入ると彼女を連れ出して抱きしめる。それに応えるエリカだが、ワルターのキスをとどめると、いきなり彼のズボンを下げていじり始める。慌てるワルターを押しとどめこすり続けるエリカ。思わず声を出す彼に「今度喋ったら出て行く」と彼女。「痛くするから」と答える彼に、エリカはフェラチオを始める。エリカに弄ばれたまま果てそうになるワルターだったが、その瞬間エリカは全てを止めると「もう会わない」と言い出す。あまりのことに訳の分からないワルターは「君の態度は病的だ」と怒りを露わにするが、「お気の毒」と相手にしない。「酷すぎる」とオナニーを始めたワルターだったが、「止めて台無しにする気」と怒るエリカ。「じゃあ」と言うが「もう触らない」と言われ、彼女に見られたまま射精する。「馬鹿は僕じゃない。君さ。男にも我慢の限界がある。遊びならお互い同じルールでやってくれ」と言うワルター。エリカは、トイレのドアを開け放つと、彼に近づき、再び彼の性器をいじり始める。「私が指示するわ。手紙か、直接か。電話でも」。笑いだし洟をかむワルターは、「少しは笑えよ。いつも怖い顔ばかりだ」と言ってエリカの頬を叩くと、そのまま走ってトイレを出て行く。
アンナの手は2ヶ月の重症で、傷を残すことになる。「全てを捨ててピアノに賭けてきたのに」と言うアンナの母の言葉に「全て?」と引っかかりを示すエリカだったが、アンナの母に左手の練習をするように言い、アンナの代役を自分が引き受けることを話す。「娘も先生を尊敬しています」と感激するアンナの母。
次のレッスンの日、ワルターは、エリカからの連絡がないことに不満を表明する。手紙を渡すエリカだが、キスを求めるワルターを冷たくあしらう。「一度くらい感情に流されたら」と言うワルターに「私にはないわ。たとえあったとしても知性が勝るわ。とにかくまず手紙を」と言うのだった。
その夜、エリカが家に入ろうとすると、ワルターがやってくる。「僕を夢中にさせて逃げ回るなんて」と恨み言を言うワルターに「手紙は?」と聞くエリカ。「手紙より2人の時を」「帰って。愛する女を困らせないで」。しかし、ワルターはそのままエリカの家に上がり込んでしまう。
エリカの部屋でドアにタンスを押しつけて母親が入って来れないようにした2人。彼女にキスするワルターだが、エリカはとにかく手紙を先に読むように懇願する。渋々従ったワルターだったが、そこに綴られていたのは、エリカのマゾヒスティックな性の願望だった。『私が頼んだら、ヒモをきつく閉めて。使った古ストッキングで猿ぐつわをかませ、縛り上げた私の顔の上に座って。あなたは猿ぐつわをほどいて、私のお腹を叩いて。そして、私にはあなたのお尻をなめさせて。私を母親の前で殴って欲しいの。そして、私の一番の望みは、手と足を縛って母の側で横にされて犯されたい。そして、最後にこの部屋の全てのドアの鍵を持ち出して欲しいの』。
エリカの前で手紙に目を通したワルターは、「僕に何の得があるんだ。知性の面で、俺をからかってるのか」と怒りを露わにするが、エリカは「私を責めて。逆らったら殴って」と責め具までも出してくる。憮然とした表情のワルターに「あなた次第なの。ゆっくり考えて返事して。長年の望みだったの。そこにあなたが現れた。手紙のことは本気よ。命令するのはあなた。着る服もあなたが決めて。怒ってる?何か言って」とエリカは懇願する。「病気だよ。治療すべきだ」「殴りたいなら殴って」、「手を汚したくない。手袋したってイヤだ。心から愛していたんだ。それが今は嫌悪感ばかり。あんまりだ」。ワルターは部屋を飛び出していく。
母と並んでベッドに入るエリカに母親が言う。「恥を知らない子だね。あいつはどうしたの?まだ、お前の部屋?驚きすぎて疲れたよ。好きにしなさい。大人なんだから。はぁ、これが全てを捧げた結果?たいしたご褒美だよ。このまま続けて、ここを売春宿にすれば良いわ」。エリカは「ママ愛してる」と母親に抱きつくが、「汚らわしい」と言われて大声で泣き出す。「頭が変だよ。完全に狂ってる。さあ、寝なさい。演奏会に備えなきゃ、全力投球で。誰が聞きに来るか分からないものね」と言う母親。抱きついたエリカは「下の毛を見たの」と言って母に寄りかかって寝入る。
アイスホッケーをしているワルターを訪ねてきたエリカ。ロッカー室の前で話を聞こうとするワルターに、「ここではダメ」と言って用具庫へ行く。エリカは「手紙のこと謝るわ。馬鹿だった。まず、話すべきだったわ。許して」と言ってワルターのズボンを下げ始める。「何をする。止めてくれ。いかれてる」「したいこと言って」、「人が来たらどうする。お笑い草だ」。再びズボンにしがみつくエリカ。それを押しとどめてワルターは自分でズボンを下げる。彼の股間にしゃぶりつくエリカ。「ここじゃ無理だ」と言うワルターに「見つかるのが怖いの?私は恐れないわ。愛してるのよ」とキスするエリカ。「僕だって愛してる」と答えるワルターだが、フェラチオの途中で吐き気を催したエリカ。「そんなにイヤか。くわえて吐かれたよ」。口をすすいだエリカは「自分でも分からないの。でも、もう清潔よ。赤ん坊のように身体の内も外もね。クリーンって読んで。あなたの思い通りに」と言う。白けたワルターは「口が臭いよ。その匂いが消えるまで、町を出たら」とエリカを放り出す。
深夜、エリカの家を訪ねてきたワルター。怒鳴るワルターに「静かに。近所迷惑よ」とエリカが諭す。「さっきみたいなこと、二度とするな。お前はあばずれの変態だ。変態を人にうつすな。今、お前の部屋の窓を見ながら抜いてきたところだ」と言うワルター。母親が出てくるが、その目の前でエリカを叩くと、母親は部屋に押し込める。「ここに鍵がある。娘の部屋にも鍵くらいつけろ!」。そしてエリカに向かうと「さっきの続きを」と言うが、エリカは顔を背ける。「顔を強く殴ってだと!お安いご用だ。これが望みだろう」とエリカを叩き始める。「顔と手はやめて」と言って逃げるエリカに蹴りを入れる。エリカの鼻から血がしたたり落ちる。「その身体じゃ興奮しないよ。エリカ、自分でも酷いと分かっているんだ。でも君にも責任あると思うだろう。男を興奮させといて止めるなんて」。
「お願いだから娘に手を触れないで。頼むから放っておいて」と母親が叫ぶがワルターの耳には入らない。「何故また僕を騙すの?遊び方を教えて。先生、人の心を乱しておいて、そんなの酷いよ。僕に優しくして、このまま返すなんて」。ワルターはエリカに抱きつくとそのまま押し倒す。「やめてお願い!」というエリカ、「気分を出して」とワルターは、挿入する。「僕だけにやらせるな。愛してくれ」と言うが、応えようとしないエリカ。「早く帰れってことか!じゃあ、このことは秘密にしておこう。君のためだ。僕は男だから良いけど、君は女だから。ねえ、大丈夫。何かいる?愛に傷ついても死ぬことはないよ。じゃあ」と立ち去る。
いよいよ記念演奏会の日。エリカは台所でバッグにナイフを忍ばせる。母と出かけたコンサートホール。教え子やその家族がエリカに声をかけてくるが、エリカはひたすら出入り口を見つめている。そして、開演間近、ついにワルターがやってくる。彼の伯母がエリカに気づいて声をかけていく。ワルターも「演奏楽しみにしてます」と言ってホールに走っていく。その姿を見送ったエリカは、バッグからナイフを出すと、鬼のような形相で自らの胸を刺す。そして、胸から血をたらしながら、コンサートホールを後にする…2001年のカンヌ国際映画祭グランプリ+最優秀主演女優賞+最優秀主演男優賞を受賞した作品です。
エリカに対する母親の過干渉は、それこそ心理的な虐待だったのだろうし、そのことがエリカをして精神的に病んだ状態に追いやっていたのは確かだろう。哀しいことは、エリカの母親が娘の為にと思い続けていたという善意からの行為によるものであるからなのだが。
さて、エリカの教え子のアンナだが、エリカが彼女に嫉妬を感じたのは確かにアンナの音楽的な最高に対してだったろうが、全てをピアノに賭けたアンナの姿に若い日の自分を重ね合わせていたことも事実だろう。言うなれば、彼女は自らを救うつもりでアンナを傷つけたのかもしれない。
ところで、本題のワルターとのことだが、ストレートに感情を表明してくる彼に対して、エリカは何をどうすればよいのか分からなかったというのが正解だろう。愛の対象としては考えることも年の差を抜きにすれば可能かとも思われたが、その一方でワルターの音楽的な才能に嫉妬せざるをえない自分もいて、そのことがずっと彼女に両面的な対応をとらせていたのだろうし、異常な行動にかき立てていったことも否定できない。マゾヒスティックな性向は、ワルターとの出会い以前に母親との関係で作られたものであったとしても、そのことを隠すことだって、エリカにはできたはずが、できなくさせたのは、その両価的な感情の故のように思う。
この映画を観て、エンディングに「あれ?」と思わせられ、これを書きながら、なんてエロティックな映画だと再認識させられ、最後に感想を書く時に、深く考えさせられたそんな作品だった。2002/5/3 スカラ座(石川)