I thought about it ・・・・私の思ったこと・・・・

2001 AUG 3rd Week

8月18日
(土)

今日は明日の結婚式の仕事の準備と、それに続く旅行の準備だ。
宇都宮で式を挙げてから、福島県須賀川市、二本松市に一泊づつする。
明日は朝の6時出発で宇都宮に向かう。
栃木の宇都宮市周辺は良い所だ。 広々とした田園風景が続き、
北西には日光の連なり、南東には筑波山が見える。
田園風景の中にいると、映画「となりのトトロ」の田園風景を彷彿させる。
もう東京近郊では見ることが出来ないような、なんとも懐かしい気持ちにさせる。
春夏秋冬を通して、何度でも行きたい所の1つだ。


8月17日
(金)

晴れ
今朝早起きして、山梨県韮崎市へ行って来た。
目的は、オオクワガタ産地の、採取者による自然破壊の現状を写真に収めるためだ。
お盆休みも終わりになり、午後を回ると高速道路でUターン渋滞が始まるため、
お昼前までに家に帰らなければ帰れなくなってしまう。

朝6時半に出発し、現着が8時。 早速カメラ2台をぶら下げて林へ向かう。
台場クヌギの林は韮崎市のあちらこちらにある。そのどれもがナタで削られたり、
硝煙玉の青い跡があったりと、心が痛む思いだ。
「それほどまでしてオオクワが欲しい・・・」のだろう。

私もオオクワが好きで、何回か捕獲したことがある。しかし、ナタで削ったり、
硝煙玉であぶり出したりなどは絶対にやらない。 木がダメになってしまうからだ。
自然を大切にしながらオオクワ探しを楽しんでいる。それでたとえ捕れなくてもだ。

生き物は、その生息場所の自然に依存している。
そこの自然が無くなってしまえば、ほとんどの生き物は絶滅、または激減してしまう。
韮崎という自然環境と農耕方法が、この土地のオオクワガタを支えているのだ。
外部の人間の心無い採取で、クヌギ林は大きな傷を受けている。
「オオクワはお金になる」 そんな考えで沢山の人がここに押し掛け、林を傷つけ、
生息場所をダメにしているのだ。
オオクワを愛することは、オオクワを育んでいる韮崎のクヌギ林を大切にすることでもあると思う。
木を傷つけないように採取する、ゴミは持ち帰る、などのマナーは川でも海でも山でも、
どこでも共通することだ。 大切な自然と生き物を次の世代に残すために、今、私達は
もっと自然に優しくなることが、自分たちも次の世代の子供達も楽しめるのではないか?
現在、野生のオオクワは激減し、ほとんど捕ることは困難と言われる。
いつでも誰でも、簡単に捕れるくらいに、回復して欲しいと願ってやまない。

韮崎のクヌギを何枚か写真に収めてきた。近々、その悲惨さを公開する予定だ。
韮崎に限らず、日本中のオオクワ産地のクヌギ林も同じ状態と聞く。
ひとりでも多くのオオクワ愛好家や採取者が、木を傷つけなくなるように願っている。


8月15日
(水)

曇り
朝方、雨が降ったようだ。 今週はどうも天気がスッキリしない。
折角写真を撮るためにポジフィルムを買っておいたのに、カメラに入れようか迷ってしまう。

午後、家族で古本屋へ行き、それぞれ見つけた本を買って帰った。
私は長い間探していた「サブマリン707」という潜水艦マンガを手に入れた。
久しぶりに読んで満足。しかし、やはり月日の流れなのか、情熱というか、物語への思い入れが
以前のようには無い自分に気付いた。やはりその年代毎に思い入れる対象が違っているから
なのだろう。ガッカリはしないけれど、以前の様な感動も無く、「こんなもんだ」くらいしか感じない。
懐かしさはもちろんあるけどね。
やはり、「今の自分」が夢中になっていること、それに感動と情熱を一番感じるだろう。
過去への懐かしさを持ちながら、今の情熱に心を触れていこうと思う。


8月14日
(火)

晴れ
息子を連れて市営プールへ行った。
駐車場はほとんど満車状態だが、人数的にはそんなに大したことはない。
やはり田舎のプールだけあって、のんびりできる。
浮き輪を借りた。子供用と大人用。(別に私は泳げないわけでは無い)
しかし、大人用は空気が漏れている。仕方なく子供用を借りた。
さすがに子供用はきつくて、頭と片側の肩を通すのがやっとだ。
その格好で浮き輪にしがみつき、流れるプールの中を泳ぐことなく漂って流される。
とにかく気持ちが良い。これで日差しがもう少し陰ってくれれば日焼けをしなくて良いものを。
夏は流れるプールで浮き輪、こんな楽しみもたまには良いものだと感じた。
親子でプカプカ流されて大満足。午後は親子でPS2、息子も満足な一日だった様だ。

日頃、仕事が忙しく、ゆっくり遊んであげることが少ない。
お父さんが少しやる気を出せば、子供と良い思い出を共有できると感じた。
日本の忙しくお疲れなお父さん、「よっこしょ!」と腰を上げて、子供と思い出を共有しよう。


8月13日
(月)

曇り
BLUE FRONT の立ち上げのためにページを作っている。
今週は仕事が夏休みなので、ゆっくりと過ごせる。
先週の土曜日の夜にエイリアン4をテレビで見た。
それに刺激されて、エイリアンとエイリアン2のDVDをレンタルし、
昨夜にエイリアン、今晩エイリアン2を家族で見た。
私が映画鑑賞を好まないため、家族で映画を見るなんて滅多にないことで、
これも夏休みの特典か?( 笑 )

今日、小泉総理達が靖国神社に公式参拝した。
アジア諸国の反対を考慮し、15日の終戦記念日を避けたためだ。
玉串奉納などの神道行事をしない事で、宗教で無い事とA級戦犯への参拝では
無いことを強調しているが、「参拝」自体が、信心=宗教 なのだ。
日本人の多くは、信心と宗教を別物として認識している。しかし大きな間違いである。
「宗教では無くて人間としての道」と弁明しているが、死者を拝むこと自体、宗教の一つである。
因みにキリスト教では、死者への礼拝はしない。何故なら聖書が死者礼拝を禁止しているからだ。
先祖を大切にすることと拝むことは別問題である。キリスト教も先祖を大切にすることは教えている。
しかし、先祖(死者)を崇拝の対象にしてはならないことも同時に記されているのだ。

日本のために、その命を捨てて戦った多くの人達に、私は感謝している。
今の日本は多くの人の流された血によってあることを忘れてはならない。
しかし、人や死者を礼拝(参拝する)対象にすることは、これ自体が宗教なのである。
小泉政権をタカ派とは言わないが、一国の首相としてやって欲しくなかった事である。
政治改革は必要だと思う。しかし、この先不安を覚えるのは私だけだろうか?
日本の将来と政治家のために祈りが必要であると感じた。